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第2回公開シンポジウム予稿集 「脳を創る」  7-8
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運動の学習制御における小脳機能の解明
永雄 総一1)
1) 自治医科大学医学部
小脳が運動学習の座であるというMarr、AlbusとItoの理論にスタートした小脳の研究は、20世紀の神経科学のハイライトの1つである。この理論は、小脳神経回路に存在するシナプス伝達可塑性「長期抑圧」が、運動学習の基礎過程であるという仮説で集約される。この仮説をめぐって20年以上にわたって国際的に大論争が繰り広げられているが、私達の研究グループは眼球反射や四肢の運動の適応を主な実験モデルとして、計算論、電気生理、神経薬理など異なった方法を駆使して、幅広い動物種を含む標本を用いてこの理論を支持する実験的根拠を提出してきた。またこの数年来登場してきている長期抑圧に関与する受容体(代謝型アミノ酸受容体)や酵素(神経型一酸化窒素合成酵素やC-キナーゼ)の欠損した遺伝子操作マウスの大部分には、長期抑圧の欠損と運動学習の欠損が同時に見られ、この仮説を支持する強力な実験根拠となっている。一方この仮説に対する反対仮説のポイントは、運動学習に関する記憶が保持されている場が本当に小脳皮質であるかという点であるが、最近私達は運動学習の記憶の場が小脳皮質であるという直接的な実験結果を得るにいたった。このように21世紀を迎えた現在、少なくとも単純な手続き記憶の形成に、小脳シナプス伝達可塑性「長期抑圧」がキー的役割を演じていることが確実となっている。さて小脳研究の第2段階として、大脳皮質が主役を演じる随意運動制御や、随意運動が関与する認知機構に小脳がどのように作用しているかが問題となる。「長期抑圧」がやはり重要な役割を演じていることが想定されるが、それを実験的に検証する第一歩として、人間や猿を対象として、滑動性追跡眼運動、サッケード眼球運動、輻輳眼球運動、上肢運動などの随意運動学習の実験パラダイムを設定し、その特徴を検討した。次にそのパラダイムに関与する神経ネットワークの実体を、機能的MRI、PETや系統解剖学的方法により同定するとともに、神経ネットワーク形成に関与する因子を、分子生物や電気生理学的方法を用いて検索している。またさらに、実験パラダイムに関与する小脳を含む神経ネットワークの働きを計算論的に推定し、同定された神経回路との対応をつける試みを行っている。これらの研究の大部分は、まだ途中の段階であるが、そのポイントとなるような所見を紹介し、大脳が主体となる高次脳制御における小脳の役割を論じる。

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