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平成11年度 戦略的基礎研究推進事業 「研究年報」
Vol. 1 (2000) 934
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「脳を守る」平成10年度採択研究代表者
「脳虚血により引き起こされる神経細胞死防御法の開発」

遠山 正彌1)
1) 大阪大学大学院医学系研究科 教授
Abstract:  1)脳血管障害後の痴呆の救済
脳梗塞等で起きる病的状態の代表は低酸素である。神経細胞は低酸素負荷によりすぐに細胞死を起こすがグリア細胞であるアストロサイトは低酸素負荷に対し耐性を示す。我々はアストロサイトは低酸素負荷を加えられると低酸素負荷下を生き抜く新たな遺伝子·蛋白発現を引き起こすと想定し、ORP150,RA301,RA410,SERP1の4種の新規遺伝子·蛋白の単離に成功した。これらの内、ORP150蛋白は小胞体に局在するストレス蛋白であり、また、ヒトの動脈硬化巣など遷延した虚血環境が存在すると考えられる部位でも多量に発現していることが確認されている。我々は、脳血管性痴呆などの病態においてORP150が神経細胞死を抑制する因子として働きうることを示すため、アデノウイルス及び遺伝子改変動物を用い神経細胞にORP150を強制発現させ、虚血による神経細胞死に対する抑制効果について検討し、この小胞体のストレス蛋白が虚血による神経細胞死を軽減しうることを明らかにした。また、SERP1に関しては68アミノ酸からなり、小胞体に局在する蛋白であることがわかった。SERP1は動物脳梗塞モデルにおいて梗塞巣周囲に誘導を認め、また、培養細胞を用いた実験により、ストレス時に小胞体に蓄積するアンフォールドな蛋白の分解を調節する可能性が示唆された。今後、1)ORP150が低酸素或いは虚血による細胞死を抑制するメカニズムを解明する、2)SERP1が虚血性神経細胞死を防ぎうるかを明らかにする予定である。
2)アルツハイマー病による痴呆の救済
アルツハイマー病(AD)は、神経細胞死を伴う進行性の神経変性疾患で、老年期痴呆症の大半を占める。家族性AD(FAD)の大多数は第14番染色体に位置するプレセニリンー1(PS-1)遺伝子にリンクしている。PS-1の変異は、細胞内カルシウム濃度の撹乱や酸化ストレスに対して脆弱性を増大させることがわかっていたが、詳細なメカニズムについては明らかにされていなかった。我々は、PS-1が小胞体(ER)に局在していることに着目し、ERストレスとPS-1変異体との関わりを検討した。その結果、PS-1変異体は小胞体の膜上に存在するストレスセンサーIre1の機能を低下させ、分子シャペロン群の発現誘導システム(Unfolded ProteinResponse)に障害を与えるために、各種細胞ストレスに対し感受性を増大させることが明らかとなった。プレセニリン2(PS2)遺伝子のエキソン5が欠失するスプライシング変種(PS2V)を孤発性アルツハイマー病(AD)患者脳から見い出した。PS2Vは野生型PS2とは構造上異なった蛋白質をコードし、AD患者の海馬および大脳皮質の神経細胞に発現していた。PS2Vは、変異プレセニリン1と同様にストレスセンサーIre1の機能障害を引き起こすこともわかった。これら結果は、AD患者脳でみられる神経細胞死がERストレスが引き金となって生ずる可能性があることを示唆する。今後、ADの新しい治療法を確立させるためIre1の機能制御や分子シャペロン群の発現調節機構についてさらに詳細に解析していく予定である。

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