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平成11年度 戦略的基礎研究推進事業 「研究年報」
Vol. 1 (2000) 912
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「脳を守る」平成9年度採択研究代表者
「精神分裂病における神経伝達の異常」

須原 哲也1)
1) 放射線医学総合研究所 主任研究官
Abstract:  本研究は、個人を特徴づけている人格が解体していくなどの症状がみられる精神分裂病の原因の一端を明らかにしていこうというものです。これまでの研究から精神分裂病は脳内の情報伝達を司っている複数の化学物質のうち、ドーパミンと呼ばれる神経伝達物質に関わる異常が予想されています。我々はこれまでにポジトロンCT (PET)という方法を用いて、体の外から脳内の神経伝達物質受容体の測定を行い、精神分裂病では高次機能を司っている前頭葉におけるドーパミンD1受容体の結合が低く、陰性症状と呼ばれる意欲の低下や、感情がなくなる症状の強い人ほどその低下が大きいことを見いだしました。ドーパミン受容体の5つのサブタイプのうち、これまでの研究から精神分裂病の陽性症状と呼ばれる幻覚や妄想との関係が指摘されていたD2受容体に関しては、大脳皮質において極めて少量しかないためにあまり研究が進んでいませんでした。しかし、我々は最近PETを用いて人間において大脳皮質のD2受容体の定量を行い、これまでに側頭葉でもっとも高いことを明らかにしました。昨年度は脳全体のD2受容体を一括して解析する方法を用いて、精神分裂病のD2受容体について正常者との比較を行いました。その結果脳内の前部帯状回、前頭前野、側頭葉、視床といった部位において幻覚や妄想さらには興奮といった陽性症状とD2受容体結合に相関があることを見出しました。この相関を詳しく見ると、陽性症状が強いほどD2受容体結合が低いというものでした。陽性症状はドーパミンの放出量が増えると悪化することが知られていることからこの結果はドーパミンの放出を調整する、抑制性の神経細胞上のD2受容体の変化を反映しているのではないかと考えられます。実際精神分裂病の死後脳の報告でも抑制性の神経細胞の減少が報告されていることからも、われわれは精神分裂病の病因のひとつにドーパミン神経伝達の調節機構の障害があるのではないかと考えています。ドーパミン神経伝達の調節機構には複数の異なる神経系が関わっていることが知られていますが、われわれは現在この中のグルタミン酸神経系をPETを用いて調べていこうと、新しい測定用の薬物を開発しているところです。われわれが開発中の薬物はNMDA受容体という受容体に結合する薬物で、これまで開発してきた薬物の多くは生体ではほとんど脳に入らないものでしたが、化合物の構造を一部変化させることにより脳への移行性を改善させることに成功しました。われわれが開発したAcetyl-[11C]L-703,717という化合物は生きた動物の脳で分布を調べたところ、これまで行ってきた死んだ脳のスライスを使った実験結果とは異なり、小脳に多く集積することが明らかになりました。現在この機序を検討中ですが、このように生きた脳では死んだ脳ではわからない現象もあることが明らかになってきました。以上のような脳内の神経伝達物質受容体を直接評価する試みは、将来の治療薬の開発に直結する研究であり、また現在経験的に使用されている抗精神病薬の使用法に科学的な理論を持ち込めるという意味でも将来の精神科医療に貢献できるものと考えています。

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