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平成11年度 戦略的基礎研究推進事業 「研究年報」
Vol. 1 (2000) 891
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「脳を知る」平成10年度採択研究代表者
「回路網形成における神経活動の関与メカニズム」

津本 忠治1)
1) 大阪大学大学院医学系研究科 教授
Abstract:  複雑な脳内神経回路網が一個の受精卵からできあがるプロセスは、1)発生初期から中期にかけて遺伝情報によって発現する分子に基づいて形成されるプロセスと、2)中期から後期の外部からの入力や神経細胞自身の活動によって修正あるいは精緻化されるプロセスに分けられる。本研究は、後者のプロセス、つまり神経活動依存性プロセスに焦点を当てそのメカニズム解明を目指している。この後者のプロセスは入力操作が比較的容易なことから視覚系で多くの研究がなされてきた。例えば、仔ネコの片眼を一時的に遮蔽すると大脳皮質視覚野ニューロンがその眼に対する反応性を消失することや視覚野のコラム構造も変化することが見い出された。また、このような変化には、入力によって伝達効率が良くなったり悪くなったりするシナプス長期増強や長期抑圧が関与しているという仮説が提唱され、さらに、そのような変化の物質メカニズムとして神経栄養因子の関与が示唆された。本研究はこのような視覚野の可塑性に関する仮説や示唆を検証し、ひいては発達脳神経回路の神経活動依存的変化のメカニズムを解明しようとするものである。これまでの研究成果として1)仔ネコの片眼遮蔽後に生じる変化に大脳皮質の活動が関与していること、すなわち大脳皮質の構造と機能の可塑的な変化の方向を決めるには、単に末梢からの入力のみならず皮質ニューロン自体の活動も重要だということ、及び2)脳由来神経栄養因子(BDNF)は、高濃度ではシナプス増強を起こすが、低濃度ではシナプス抑圧を阻止すること、を見出した。また、3)仔ネコの片方の視神経にのみ長期増強を起こす高頻度刺激を与えると、視覚野ニューロンの光反応性が刺激を与えた側の眼により強く反応するようになることも見出した。この結果は、シナプス長期増強や長期抑圧が片目遮蔽後に生ずる視覚野の変化に実際に関与しているという仮説を支持するものと考えられた。平成11年度はこれらの結果の上に立って、さらに以下の成果を得た。1)仔ネコの視覚野において、BDNFは大脳視覚野の眼優位コラムを拡大する作用があること、及びその作用は臨界期にみられるが、成熟期には消失すること、また、2)視覚野培養神経細胞において、高濃度のBDNFはシナプス前部からの伝達物質放出を増加させる作用があるが、この作用は神経細胞の成熟につれて消失すること、を見出した。さらに、3)低濃度BDNFは発達脳において未熟なシナプス前部に働き、連続入力によって伝達物質の放出が減ることを防ぐ作用があることも見出した。今後は、BDNFノックアウトマウスの使用に加えて、その受容体が大脳皮質で生後一定の時期から欠損する部位·時期限定的遺伝子改変マウスが利用可能となったこと、及び2光子レーザ走査蛍光顕微鏡を使ってBDNFの動態を解析する方法がほぼ確立したことから、従来の方法との併用によって本研究をさらに進展させ得るものと期待している。

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