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「動植物細胞におけるストレス応答機構」に関する共同研究
Vol. 1 (2000) 301
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動物細胞のストレス応答に関する研究(II):
ストレスによる情報伝達経路の活性化と細胞増殖制御

鈴木 啓司1), 渡邉 正己1), 児玉 靖司1)
1) 長崎大学薬学部放射線生命科学
Abstract:  環境中に存在する多種多様なストレスに対して、生体は様々なストレス応答蛋白質の誘導や活性化を介して応答しその恒常性を維持している。しかしながら、生体がどのようにしてストレスを受容し、どのようにしてストレス応答蛋白質を誘導し、そしてどのようなメカニズムでこれらストレス応答蛋白質の機能発現を制御しているのかについては不明な点が多い。そこで様々な種類の環境ストレスに対し普遍的に応答するストレス応答蛋白質、p53蛋白質およびMAP kinaseファミリーに着目し、ストレス受容·伝達のメカニズムおよびその機能制御機構について検討した。
その結果、放射線·紫外線·温熱いずれのストレスに対してもp53およびMAP kinaseファミリーは応答するが、ストレスの質あるいは量によってその反応性が異なることを明らかにした。また、放射線ストレスの受容が、放射線や制限酵素により誘導されるDNA損傷を特異的に認識するATM蛋白質が放射線によって生じたDNA鎖切断部位にリクルートされることによって行われていることを解明した。さらに、活性化されたATM蛋白質が部位特異的にp53蛋白質をリン酸化することによって情報を伝達していること、p53蛋白質からさらに下流への情報伝達にはp53蛋白質のみならず細胞膜からの情報伝達により活性化されたIRF-1が協同的に働くこと、を明らかにした。さらに、ATMおよび類似蛋白質の阻害剤であるウォルトマンニンを用いた実験から、ATM蛋白質がp53蛋白質以外の因子にも情報を伝達していることを発見した。一方、放射線がMAP kinaseファミリーの1つであるERK1/2を活性化することを見いだした。IP-キナーゼ分析から下流の転写因子であるElk1がリン酸化されていること、MEK1/2阻害剤であるPD98059を用いた実験から放射線によるERK1/2の活性化に上流のMEK1/2の活性化が関与していること、さらにMEK1/2の活性化に細胞膜に存在するEGFRの活性化が関与する可能性を示した。ERK1/2は、細胞膜で生じた情報の核内への伝達を仲介する蛋白質リン酸化酵素であることから、放射線は細胞膜近傍でも受容され、その情報も核へ伝達されることが明らかになった。また興味深いことに、これら阻害剤は放射線によるp53蛋白質の蓄積や活性化も抑制することが明らかになった。
ストレス受容に伴う情報伝達経路の活性化は最終的には核内に伝達され、転写因子のリン酸化を介して遺伝子発現を誘導する。その結果細胞に様々なストレス応答反応が誘導されるが、そのストレスの量が許容できる範囲を超えた場合には、細胞増殖の停止や細胞死が引き起こされる。我々は細胞死のメカニズムにこれまで報告されていたアポトーシス以外の新たなメカニズム、細胞老化様増殖停止、が存在することを明らかにした。また、アポトーシスあるいは老化様細胞増殖停止はストレスの種類や細胞の種類によって選択的に誘導されることが明らかになった。さらに、ヒト癌細胞に野生型p53遺伝子を誘導したところ、老化様細胞増殖停止が誘導されストレス応答機能を回復させることによって癌細胞の増殖を抑制する新たな癌治療指針を確立した。
以上の結果から、放射線ストレスは細胞核および細胞膜近傍で受容され、ATMやERK1/2などの蛋白質リン酸化酵素の活性化を介して核に伝達され、p53蛋白質を始めとする様々なストレス応答分子の機能を活性化することが明らかになった。さらに、核および細胞膜からの情報伝達は、p53蛋白質など共通のストレス応答因子のリン酸化を介して互いにクロストークし情報を集約することにより細胞応答を制御していることが示された。また、ストレスによる新たな細胞増殖抑制機構を発見し、このストレス応答の消失が細胞がん化の1つのメカニズムであることを提唱した。

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