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共同研究終了報告書「脳活動に伴う二次信号の計測とその発生機序に関する研究」
Vol. 1 (2000) p.23
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科学技術振興事業団共同研究促進事業「脳活動に伴う二次信号の計測とその発生機序に関する研究」研究成果概要
菅野 巖1)
1) 科学技術振興事業団秋田地区共同研究推進委員長
  脳はその重量が体重の2%を占めるに過ぎない臓器であるがそこで使用する血液量は心臓から全身へ送り出される血流量の15%に達し、消費する酸素にいたっては全身消費量の20%に達している。さらに、酸素の需給バランスの立場で観察すると脳酸素消費量に対して脳への酸素供給量はその2.5倍から3倍に達している非常に贅沢に酸素が供給されている臓器といえる。このように贅沢に酸素が供給されている脳が安静時からいったん活動をはじめると、活動した領域に対応する部分の血流が局所的かつ選択的に瞬時に増加する。この現象は脳の機能局在の位置を同定する脳機能マッピングの立場からは血流量の変化が頑強な信号として都合がよく、それゆえPETやfMRIを用いて神経科学や神経心理学領域で広く使われている。脳活動に伴う血流増加の現象は1890年代にRoyとSherringtonがすでに報告しており広く知られている。ところがその血流調節の生理学的なメカニズムにはまだ解明されていない。さらに、1986年にFoxとRaichleにより、酸素増加率よりはるかに多くの血流が供給されているという血流増加率と酸素代謝増加率の乖離現象が報告されて以来、その過剰な酸素供給を生理学的に説明するための多数の研究が行われてきた。このような研究意欲への高まりとともに、最近の医療画像技術の急速な進歩と呼応してその研究が一気にブレークした。特に、短半減期の放射能を使用する核医学的な方法は脳の断層撮影を非侵襲的にかつ定量的に測定することを可能にしてきた。その頂点に立つPETでは酸素15という半減期2分の放射能で標識した水を用いた脳血流量測定法による脳機能局在を測定できる脳賦活測定法が1980年代から積極的に進められてきた。さらに、MRIを用いた方法も急速に発展している。1990年に米国Bell研究所のOgawaらが報告した血液酸素化レベル指標(blood oxygenation level-dependent; BOLD)法という新しい測定原理に基づいた方法が利用できるようになり、さらに、高速なEPI撮影法が臨床装置に設置されるに及んで、放射線被曝の危険のない安全な方法としてfMRI脳賦活測定法が急速に普及して脳機能マッピングが広い裾野を持つ脳機能解析の研究道具として定着してきた。
神経細胞はシナップスを経て入ってきた信号で興奮し、膜電位の活動として次の神経細胞へシナップスを介して信号を伝達していく。脳機能を理解する基本的な手法はこれらの神経細胞の興奮する様子あるいはそれに伴うエネルギー代謝や血流の変化を、外部から直接的あるいは間接的な信号として計測することである。このとき、電気的な活動を直接的に測定する一次信号と、代謝や血流の増加を間接的に測定する二次信号がある。人を対象とした測定では脳に傷を付けない非侵襲的な方法が必須であり、一次信号としては脳波や脳磁図として、二次信号としてはPETやMRIなどが用いられる。後者の主に脳血流変化を測定する二次信号は脳活動を頑強に反映し、全脳を同時に測定可能で脳機能の解明に不可欠な方法になっている。しかし、現在広範に使用され脳科学に不可欠になっているにもかかわらず、神経活動に連動して発生する二次信号の生理学的な機序はまだ十分に解明されていない。本共同研究は、このような背景のもとで現実の二次信号の計測を介してその生成される機序を解明するために立ち上げられた。
本共同研究の目的は、脳活動に伴う脳血流量、脳酸素代謝量、その他の生化学的、生理学的指標の変化など、二次信号の時間的、空間的変化を人におけるマクロ的なスケールで測定できるfMRIの情報と、動物を用いたミクロ的なスケールで測定できる光計測法やLDFなどの情報を統合することで、脳活動とそれに伴う二次信号との解剖学的かつ経時的な関係を明らかにすることである。さらに、生理学的あるいは生化学的な環境を揺動したときの変化を定量的に計測できる核医学やfMRI、LDFなどの情報を通して、脳活動に伴う二次信号を引き起こす機序、すなわち、下図に示すように神経細胞と脳血管を連絡する未知なる仕組みを解明することである。

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