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「さきがけ研究21」研究報告会「状態と変革」
Vol. 1 (2000) p.6
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分子配列の小さな変化で起こる電子状態の劇的な変化
鹿野田 一司1)
1) 東京大学大学院工学系研究科
  金属中では多数の電子が運動している。しかし、それらは必ずしも自由ではない。負の電荷を持つ電子は生来お互いに反発し合う。固体の中では、それらが平均距離ナノメートル以下でぎっしり詰められており、電子はお互いを強く牽制してひしめき合う集団と化す。この反発力は、電子同士が一定の距離を保って動けなくなる状態、すなわち電子が集団として絶縁体化する方向に作用する。一方、電子は量子力学的な波としての性質から、原子あるいは分子にまたがって動こうとする(非局在化エネルギーを得ようとする)。銅等の見なれた金属では、後者の性格が強いために電子はよく流れる。私は、「状態と変革」領域プロジェクトにおいて、電子集団の変革を目指してきた。どのような状態であれ、力ずくでその状態を変えることは可能であるが、ほんのちょっとした力で状態が劇的に変わるとしたら、この方が面白い。そのためには、今見えている状態がその裏状態と呼ぶべきものとエネルギー的に際どく拮抗している状況が好ましい。先に述べた電子の局在/非局在は、この目的にはもってこいである。電子の反発エネルギーと量子力学的非局在化エネルギーを拮抗させるのである。私は(BEDT-TTF)2Xという一連の有機分子性固体がこの研究に恰好の舞台と考えた。電気伝導はBEDT-TTF分子の間で起こるが、それを構造的に支える分子Xを変えることで金属や絶縁体になることが知られていたからである。分子がファンデアワールス力で緩く結合しているために,Xや圧力や元素置換(化学的圧力)で分子間隔を調節して比較的容易に非局在化エネルギーが変化すると考えた次第である。しかも、金属となるものは低温(10K程度)で超伝導になるから、超伝導体と絶縁体との間の転移ということになる。この転移をぎりぎりのところで操りたい。そこで、絶縁体に極めて近いと考えられる超伝導体(X=Cu[N(CN)2Br])を取り上げ、BEDT-TTF分子内に存在する8個の水素を順次重水素に置換していったところ、絶縁体へと変わったのである。常識では、同位体置換は電子状態を大きく変えるものではないが、電気抵抗ゼロの超伝導状態のすぐ裏側に絶縁体状態が待ち構えているために、同位元素置換による微妙な分子配列の変化で、裏状態に陥ったと考えられる。さらに興味深いことに、試料の冷却速度を変えたり(上図)磁場を印加すると(下図)、絶縁体的振る舞いが現れることが明らかになった。超伝導状態では、伝導を担う全ての電子が位相を揃えて同じ量子状態にある。電子の量子力学的な波としての性格が頂点に達した集団状態である。一方、電子が反発して各分子に局在した状態は、電子の粒子性が色濃く現れた状態である。電子の集団は、分子という舞台のレイアウトをほんの少し変えるだけで、この天と地ほど違う2つの世界を見ることになる。私達はそれを操る新しい手法を示した。

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