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「さきがけ研究21」研究報告会「状態と変革」
Vol. 1 (2000) p.4
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電子-格子-光子結合系での非平衡相転移の研究—光で起こすドミノ倒し
小川 哲生1)
1) 大阪大学大学院理学研究科
  私の研究は「非平衡相転移」に関連するものです。平非衡相転移という言葉には二重の意味が含まれています。一方は、非平衡状態を経由して生じる相転移、他方は、非平衡状態において生じる相転移です。この「非平衡状態」にも様々なものが考えられますが、私の研究では、光によって作られた非平衡状態に着目し、上記の二通りの観点から、非平衡相転移を理論的に研究しました。すなわち、(1) 光励起状態を経由して、ある相から別の相に転移する現象(2) 光励起状態において生じうる様々な相とその間の競合現象に興味を持ちました。さきがけ研究21での3年間の研究では、上記の2つの観点からの研究を並行して進めました。本講演および講演要旨では、特に(1)の観点からの研究成果に焦点を絞ることにします。光励起状態を経由して生じる相転移現象がどのような条件下で生じうるのか、また、その時間発展過程はどのようなものかを理解することが、第一の目標となります。光照射によって物質に相転移が引き起こされる過程は、次のように考えられます。(a)光照射前は,物質は準安定で一様な或る状態にあるとします。(b)光照射により物質内の電子等が励起状態に遷移し、物質中に一つあるいは複数の局所的な変化が誘起されます。この局所的変化としては、結晶構造変化、電荷分布変化、スピン配置変化など様々な場合がありますが、本研究では構造変化を例として取り上げます。(c)光によって生じた局所構造変化が、物質中の電子や結晶格子間の協力効果(相互作用)によって、結晶全体にわたる大域的構造変化に成長します。結晶全体が構造変化し終わって、光照射前とは異なる一様状態に落ち着き、光誘起構造相転移が完了します。このような一連の変化の中で、(c)の過程が研究の中心課題です。光誘起相転移が生じる前はエネルギー的に準安定な相にあり、光励紀状態を経由して、エネルギー的にさらに低い(安定な)相に転移していくプロセスを考察し、どのような場合にどのように構造変化が広がっていくのか、そのためにはどのような相互作用が必要かを明らかにしました。特に、たった1カ所(1単位胞)の構造が光誘起変化するだけで、結晶全体にその効果がドミノ倒しのように伝播拡大していく可能性を議論しました。このような非線形性は、個々の単位胞の性質と単位胞間の相互作用との微妙なバランスの上で出現しています。従来の相転移研究と異なる点は、物質の励起状態(熱エネルギーよりも高い励起状態)が相転移に重要な役割を担っている点、よって励起状態からの緩和やエネルギー散逸が絡んでいる点、相転移が開始して完了するまでの間の時間空間変化が興味の対象になっている点などがあげられます。光誘起ドミノ倒しを記述するために、1次元局在電子-格子モデルを作り、その解析を行ないました。断熱極限と透熱極限の双方で、短距離力で適当な強度を持つ相互作用の場合に、ドミノ倒しによる大域的な構造相転移を引き起こすことがわかりました。前者は「決定論的ドミノ倒し」、後者は「確率的ドミノ倒し」と言います。これら両極限でのドミノ倒しの性質の差異も明らかにしました。また、散逸がドミノ倒しに重要な影響を与えることを示しました。今後は、(a)複数の単位胞が同時励起された場合、(b)断熱極限と透熱極限とをつなぐための量子的過程の導入などが重要と思われます。また、実験事実との比較や予測も不可欠です。ポリジアセチレン結晶での構造相転移、有機電荷移動錯体での中性-イオン性転移、スピンクロスオーバー錯体でのスピン状態転移などが光で誘起されますが、実際にドミノ倒し過程が生じているかどうかは、今後の研究が必要どす。

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