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「さきがけ研究21」研究報告会「状態と変革」
Vol. 1 (2000) p.16
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混合原子価多核金属錯体における動的電子相
持田 智行1)
1) 東邦大学理学部
  1.序
本研究では、電荷移動錯体の構成要素として、電子構造的·反応化学的に特色を持つ有機金属化合物を導入することにより、高度な分子機能(“内部機能を有する分子系”)に立脚した機能性固体群の創出を目的とする。第一の目標は、錯体内の電子的自由度に由来する物性転換現象の探索である。たとえば、応用の観点からも興味が持たれる誘電応答機能に筆者らは着目している。さらには、電気化学的·光化学的反応性を有する金属錯体を用い、従来にない新しい相転換概念の実現を目的とする。ここではその基盤として、電荷秩序·無秩序現象、磁性、誘電機能、相転移·熱物性など多彩な観点を含む種々の金属多核錯体(2核〜4核、配位高分子錯体)を取り上げ、新物質開発と構造·機能の評価を行ってきた。以下には、そのうち2核錯体であるビフェロセン誘導体の例について述べる。
2.研究結果
2—1. ビフェロセニウムラジカル塩における誘電応答の発現
1,1′-ビフェロセニウム塩(図1)は、分子内電子移動を示す代表的な混合原子価化合物である。ここでは電子移動に基づく分極反転(図下矢印)に着目し、種種の誘導体の誘電測定を行った。その結果、長鎖アルキル体のI3-塩において、平均原子価を示す温度領域で電子移動に基づく特徴的な応答が見出された(図2)。一方、短鎖アルキル体においては、高温領域において顕著な周波数依存性を伴う巨大誘電応答(〜104)が認められたが、その起源は対アニオンの非対称伸縮に帰せられることが判明した。
2—2. ビフェロセン系電荷移動錯体の合成·物性評価
ビフェロセン類と有機電子受容体との錯体は、上記の誘電性と磁性の共存·相関や、さらには興味ある相転移現象の発現につながりうる。多数の錯体合成を試み、現在までに以下のような錯体を得ている。
a) 混合原子価分離積層型錯体
ジアルキルビフェロセン(ジブチル、ジプロピル体)のTCNQ錯体は分離積層型のほぼ同型結晶であり、DA組成比1:3の組成を持つD+(A3)-型の混合原子価錯体である。TCNQカラムに基づく半導体的な電気伝導性が認められた(ジブチル体:σRT=6.6×10-2Scm-1,Ea=0.12eV)。本系で平均原子価状態が低温まで安定化される起源は、伝導性のTCNQカラムによる双極子相互作用の遮蔽にあると推察される。一方、2置換ビフェロセンの対アニオンとして種々の金属ジチオレン錯体を組み合わせることにより、D-A比が1:1の分離積層型錯体が数種得られた。これらは完全に絶縁体であり、また結晶内環境の非対称性のため、電子移動を起こしにくい傾向があることがわかった。
b) 非混合原子価型交互積層型錯体
2置換ビフェロセン(ジハロゲノ体およびジエチル体)とハロゲン置換TCNQ誘導体の組み合わせは、DA比1:2の交互積層錯体を与える(図3)。単結晶が得られた7種類の錯体はすべて鉄+3価,TCNQ−1価の完全電荷移動型の常磁性体であった。物性的に非常に興味がもたれるのは、中性イオン性境界の錯体であるが、適切な酸化還元電位を有するD-Aの組み合わせにおいても、ビフェロセンは完全イオン型錯体を与えることが判明した。その他、いくつかの新規2核フェロセン錯体の合成を行った。
2—3. その他
本研究では、混合原子価錯体における電子移動過程に着目し、種々の新規多核錯体の合成と評価を行った。上記の2核錯体に加え、以下のような多核錯体の合成と原子価状態に関して検討を行ってきた。a)混合原子価3核錯体(酸素中心カルボン酸架橋鉄錯体)の動的電子状態。b)混合原子価4核錯体(鉄-硫黄クラスター錯体)の構築と機能性評価。c)混合原子価配位高分子錯体の構築。本研究の延長線上に目標とするのは、単なる物性転換にとどまらず、結晶内の電子相転移を化学反応ダイナミックスと連携させること、即ち「物質相転換概念」(“相転移誘起物質変換”や“化学反応誘起物性変換”)の実現である。

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