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「さきがけ研究21」研究報告会「形とはたらき」
Vol. 1 (2000) p.87
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微小管を介した情報伝達の1分子イメージング
武藤 悦子1)
1) 「形とはたらき」領域
  キネシンは細胞内輸送に関与するモーター蛋白質として知られ、神経細胞内でATPの加水分解エネルギーを使って軸索の上を滑りながら細胞質顆粒を細胞体から軸索末端へと運んで行く。キネシンがどのようにしてATPの加水分解エネルギーを運動という機械的エネルギーに変換しているのか、そのメカニズムは謎である。筋肉のモーター分子であるアクトミオシン系や鞭毛·繊毛運動のダイニン·微小管系なども、キネシンと共通の原理で働くと考えられているが、多くの科学者の長年の努力にも関わらず、生物分子モーターの動作原理は未だ解明されていない。キネシンの運動で特徴的なことは、1個のキネシン分子が微小管の上をμmというオーダーの長距離にわたって連続的に運動できること(Processivity)である。このような運動は、キネシンが双頭構造をしていることから、人が2足歩行をするように2つのキネシンヘッドが交互に微小管と相互作用することによって行われると考えられてきた(図1a、Hand-over-hand model)。この運動モデルでは、ATPの加水分解によって2量体であるキネシン分子の片方のヘッドに構造変化が起こり、もう1つのヘッドが次のチューブリン結合サイトへ移動するのを誘導する。このモデルは電子顕微鏡による構造解析、ATPase反応の速度論的解析、運動アッセイの結果等とも合致するので、長いこと有力と考えられてきた。しかし最近になって天然に単頭キネシン(1量体)が発見され、構造的に二足歩行が絶対不可能であるにもかかわらず、その運動は双頭キネシンと同じようにProcessiveであったため、モデルの再考が必要となった。その結果新しく登場したのが岡田らによって提案されたラチェットモデル(図1b)で、このモデルでは、キネシンはもともと静電的な力によって微小管上に緩く拘束され、その状態でμmという長距離にわたって1次元のブラウン運動を行うことができると考えられている。ATP存在下では、この本来両方向性であるブラウン運動を1方向に制御する何らかの「しくみ」が働いて、キネシンは微小管の+方向に向かって進むことができる。このモデルでは、具体的にどのようにかは述べられていないが、ATPの加水分解エネルギーは「ブラウン運動を1方向に制御する」ことに使われる。一方私は1996年に、光学顕微鏡のもとでキネシンが微小管1本の上を動く様子を観察し、その結合が協同的に起きていることを発見した。上の連続写真に示すように、1つ目のキネシンが微小管上を+端へ向かって動いて行くと、2つめ、3つめと結合がその近傍で起き、次第にキネシンの集団が増えて行くのが観察される。このような結合の協同性は、微小管がキネシンに対して親和性の高い活性化状態と、親和性の低い不活性化状態の二状態を取り得ると考えると説明できる。もともとキネシンが結合していない状態では、微小管はキネシンに対する親和性の低い不活性化状態にあるが、最初のキネシンが微小管に結合するとその近傍で微小管に活性化状態が誘起されるため、近傍での結合レートが増加するのだろう。微小管やは単なる「レール」ではなく、能動的にモーター分子の運動に関わっている可能性がある。この結果を前述のモデルと合わせて考えると、ラチェットモデルの「ブラウン運動を1方向に制御するしくみ」は微小管にその鍵があるのかもしれない。もしも活性化された微小管で、キネシンに対する親和性が進行方向前方に向かって増大していれば、この親和性の勾配がキネシンのブラウン運動を1方向に誘導することが可能である。その場合ATPの加水分解エネルギーは、微小管を活性化してキネシンに対するポテンシャルの勾配を発生させることに使われているのだろう。以上のような背景に立って本研究は、微小管の動態がキネシンの運動のメカニズムにどう関わっているのか、明らかにすることを目的としている。2章ではキネシンの協同的結合を解析した結果を、3章では蛍光プローブによる微小管の構造解析の結果を報告する。

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