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「さきがけ研究21」研究報告会「形とはたらき」
Vol. 1 (2000) p.65
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形の作り直し—再生現象の分子生物学的解析
西川 慶子1)
1) 「形とはたらき」領域
  通常、我々ヒトを含む脊椎動物は成体として体の形が完成した後は、器官レベルでの大規模な再生を行なうことができません。つまり、事故、疾病、老化などで体のある部分を失ってしまうと、その部分が大きければ取り戻すことができないのです。もし、自由自在に失った器官を再生することができたら、どんなに素晴しいでしょう。近年、再生工学という考え方から、こんな夢を可能にしようとする研究が数多く行なわれるようになってきました。これらの研究の主流となっているのは、成体の組織の中に少数存在すると言われている幹細胞(stem cell)を利用するというものです。幹細胞とは、比較的未分化で増殖能力を持ち、自己保存能と多分化能を持つ細胞として定義されています。さて、このように幹細胞の存在は確かに指摘されてはいるものの、ヒトは実際にはそれを使って大規模な再生を行なえないのです。しかし、成体においても器官レベルの再生を易々とやってのける動物がいるのです。有尾両生類(イモリ類)と呼ばれる動物です。彼らは我々ヒトと同様の体制(四肢を持つ脊椎動物)を持ちながら、四肢、顎、レンズ、網膜、そして内臓の一部までも再生してしまうことが知られています。生理的に大規模な再生を行なうことのできるイモリには、幹細胞が存在するのでしょうか? また、もし存在するなら、どのようにそれらを使って器官を形作っていくのでしょうか? イモリが四肢を再生するときには、切断端に再生芽と呼ばれる構造ができます。再生芽は先端キャップと呼ばれる上皮で覆われ、その中は再生芽間充織細胞(以下、再生芽細胞)で満たされています(図1)。この再生芽細胞は再生体の全ての間葉系の組織を生みだし、幹細胞と呼べる細胞です。再生芽細胞は未分化でよく増殖し、筋や軟骨を生みだすので、幹細胞としての条件を満たしているといえます。したがって再生できない動物は幹細胞をうまく利用することができないが、イモリは幹細胞を上手に使って器官を構築することができるのです。では、イモリの再生芽細胞には何か特別な性質があるのでしょうか? イモリの再生芽細胞の起源については、これまでに様々な実験から調べられています。その結果、分化した多核の筋管が脱分化し、単核で多分化能を持つ再生芽細胞になることがわかっています。ここで非常に興味深いことは、イモリにおいては再生過程に必要な幹細胞的な役割を持つ再生芽細胞は始めから存在する(哺乳類のように)のではなく、分化した組織から脱分化という過程を経て作り出すのです。組織の中にわずかしか存在しない幹細胞を単離して利用するよりは、イモリのように分化した自己の組織から効率よく幹細胞を作り出すことができたら、その応用ははかりしれないことでしょう。我々は自然に「再生工学」を行なっているイモリから何か学ぶことはできないでしょうか? 私の研究の目的は、こんな不思議な能力を持つイモリを主なモデル動物として、再生芽の形成機構と再生芽細胞の性質について分子レベルで明らかにすることです。

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