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加藤たん白生態プロジェクトシンポジウム報告資料
Vol. 1 (2000) p.1
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新しい蛋白質ネットワークを求めて—完全長cDNAバンクからのアプローチ
加藤 誠志1)
1) 総括責任者
  生命現象を分子レベルで解明しようという研究が急速に進展している。生物の特徴である代謝や自己複製といった機能も、分子レベルで記述できつつある。このような研究の根底には、細胞というものが分子同士の相互作用のネットワークからできており、このネットワークの構造がわかれば、生命現象に特有な機能も説明できるという仮定がある。これまでの膨大な生化学的·分子生物学的研究は、この仮定が正しいことを裏付けるものであった。その結果、代謝ネットワーク、蛋白質合成·分解ネットワーク、遺伝子複製·転写ネットワーク、情報伝達ネットワークなどが次々と明らかにされてきた。これらのネットワークの主要構成要素である蛋白質とその他の分子群をすべてまとめて我々は「たん白生態」系と呼んでいる。細胞の生命現象の全貌を分子レベルで理解するには、「たん白生態」系の全構成要素とそれらのつながりを明かにする必要がある。しかし、これらの蛋白質の中でこれまでその機能が明らかになったものは、ヒトを例にとると十万種類と見積られている蛋白質の数%にも満たない。ヒトゲノムがコードしている蛋白質の大半は機能未知ということになる。このような機能未知の蛋白質からなる未解明部分のネットワークの構造と機能を明らかにしていくことが、これらの生命科学研究の最重要課題の一つと言える。この課題に対して、従来とられてきたアプローチは、細胞を構成している蛋白質の中から、ある生物活性を持った蛋白質を探しだすという生化学的アプローチ、すなわち、まず活性という機能が先にあり、この機能を担っている蛋白質を探索するというアプローチであった。このアプローチによって、酵素のように一つの蛋白質が一つの活性を有しているものが次々と発見されてきた。さらに、近年の遺伝子工学の進展に伴い、細胞を構成する蛋白質を遺伝子の形でクローン化し,これを用いて蛋白質を容易に調製できるようになってきたことにより、新しい蛋白質の探索が加速している。ただ、活性を指標として蛋白質を探すというこれまでのアプローチは、一つの機能を発現するのに複数の蛋白質が関与している場合には、まだ多くの困難を伴っているというのが実情である。このような状況の中で、我々が提案したアプローチは、まず細胞を構成している蛋白質をすべて集めてしまい、これを出発材料にして、それぞれの蛋白質が関与している分子ネットワークを明らかにしていこうというアプローチ、すなわち「物質から機能へ」というアプローチである。このような発想の基になったのは、ヒト蛋白質を完全長cDNAの形で集めようというホモ·プロテインcDNAバンク構想である(加藤、蛋白質核酸酵素38:458-467,1993;加藤、BIO INDUSTRY 11:760-770,1994)。この構造を実現するために必須となる完全長cDNA合成技術は、我が国で世界に先駆けて開発され、ほぼ完成の域に達している(Kato et al.,Gene 150:243-250,1994)(本報告書付録参照)。この技術を用いれば、キャップ部位からポリ(A)テールまでの全領域を有し、欠失や変異を含まない正真正銘の完全長cDNAを高収率で合成することができる。しかも、これらの完全長cDNAは発現ベクターの形でバンクに登録されているので、インビトロやインビボで直ちに蛋白質を作ることができる。本プロジェクトが取り組んできたのは、約4,000種類のヒト完全長cDNAクローンバンク(本報告書付録のリスト参照)を出発材料にして、まだ未解明の蛋白質ネットワークの一旦を解明しようという試みであった。特定の生物現象の機構解明と違って、どのような結果が得られるのかを全く予測できない文字通りの探索研究となった。本報告書では、この5年間、様々な背景を持った研究者がプロジェクトに集い、試行錯誤しながら機能未知の完全長cDNAクローンと格闘して得られた研究成果を紹介し、我々のとった「物質から機能へ」というアプローチが、今後のポストゲノムシーケンス時代の分子生物学研究において有効な手段になりえることを示したい。

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